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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)13302号 判決

原告

甲野夏子

右法定代理人親権者母

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

藤田健

森英子

被告

乙川一郎

右訴訟代理人弁護士

相馬達雄

右訴訟復代理人弁護士

山本明人

主文

一  被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成六年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要と争点

一  原告は、被告が代表者をする有限会社丙野運送店に勤務する事務員であったが、被告からしばしば、性的嫌がらせ行為を受けたとして不法行為に基づき慰藉料及び遅延損害金を請求するところ、被告はそのような行為は一切なかったと争っている事案である。

二  本件は、原告主張の性的嫌がらせ行為が認められるか、認められた場合は、慰藉料の額はいくらが相当かが争点である。

第三  争いのない事実と争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実

1  原告(昭和五一年一月一一日生まれ、当時一八歳)は、平成六年三月高校を卒業し、同年四月一日から同年八月三〇日まで有限会社丙野運送店(以下「丙野運送店」という。)に一般事務職として雇用されていた者である。被告(昭和一〇年一一月六日生まれ、当時五八歳)は、丙野運送店の代表者である。

2  丙野運送店は、資本金八〇〇万円で、貨物自動車運送事業を営み、従業員は約四〇名、大正区に営業所、港区波除に本社建物がありその一階が修理工場、二階が事務所(以下「事務所」という。)、三階が倉庫などになっており、右修理工場には三人、事務所には被告と男性従業員一名が働いており、平成六年四月一日からは、原告も事務所で働くようになった。

3  平成六年七月末ころから、原告被告双方の代理人間で、本件紛争の解決方法につき協議したが、合意に至らず、原告は、同年八月三〇日をもって丙野運送店を退職した。

二  争点に対する判断

1  甲第四、第一二、第一四、第一五号証、第一九号証の一ないし三、乙第一号証(後記認定に反する部分を除く)、第二号証、原告本人尋問の結果、被告本人尋問の結果(後記認定に反する部分を除く)によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告の父甲野一郎は、丙野運送店に約一年半位勤務し、三年程前に退社し、まもなく交通事故で死亡した。原告の家族は、母と、妹と弟の四人である。平成六年初めに、被告は原告の母から依頼を受けて、原告を丙野運送店で雇用することとした。

(二) 被告は、原告が入社して間もない平成六年四月八日ころ、雨降りの日に原告を車で自宅に送った(この原告を車で送った事実は争いがない。)際、原告に対し、「夏子ちゃんは処女か。」、「今まで彼氏おったんか。」等と「尋ね、原告が「イヤー」と言うと、「ふーん、夏子ちゃんは処女なんか。」と言った。そこで、原告は、いやな気持ちになった。帰宅後、原告は、母に心配をかけたくないので一人で泣いたが、後日、泉尾高校の福本美紀子先生に相談すると、同先生は原告に、またいやなことがあったら先生のところに相談においで、つらいけどかんばりやと励まされた。原告は、就職難でもあるし、母や、先生からも励まされたのでその後も、丙野運送店に勤務していた。

(三) その後、被告は、事務所で原告と二人になると、原告に「泉高の女の子は悪いからなー。」、「平気で俺にお金が欲しいからといってくる。」、「AVのビデオを見たことがあるか。」等と言った。

(四) また、被告は、同年四月下旬ころ原告を入社祝いとして弁天町のオークに食事に誘った(この事実は争いがない。)帰り、被告の運転する車の中で、「夏子ちゃんはしたことないねんなー、処女か。」、「泉尾高校の生徒にしては珍しいなー。」等と言った。

(五) 平成六年七月一四日、被告は原告を、難波近くのすし屋に食事に誘った(この事実は争いがない。)際、「わし、夏子ちゃんが欲しいねん。」、「恥ずかしいんか、ホテルに行っても暗いからわからへん。」等と言い、原告が「嫌です。」と言っても、「夏子ちゃんに彼氏できようが、結婚しようが、わしは何も言えへんから頼むわ。」、「今金あんまり持ってないから明日持ってくるから。」等と言った。その後、被告は、原告を自宅まで車で送った際も、「考えといて。」、「このことはお母さんには内緒にしといてくれ。」と言った。原告は同日帰宅した後は腹痛のために食事ができなくなり、翌一五日は丙野運送店を休み、同日中山医院で診察を受け、同日以降出勤できなくなり、同月一八日から二三日まで吉川病院に入院し、同年八月三〇日丙野運送店を退職した。

2  被告は、前記認定の事実のうち前記争いのない事実を除くその余の被告の発言の事実をいずれも否定しているが、被告は本人尋問において、被告は原告に対して、原告自身がどうであったのかと無関係に、原告の出身高校の生徒の性的な行動等の様子を訪ねたと供述している。

また、被告が同年七月一四日に原告を食事に誘った事実は、当事者間に争いがないが、被告は本人尋問において、特に何も会話がなかったと供述している。

しかしながら、被告本人尋問の結果及び乙第一号証によると、原告は仕事を覚えることもせずに勤務中しばしば居眠りをしていたとするのであるが、それに対する注意を行った等の事実があるわけでもなく、七月一四日に原告を誘った意図が明確であるとはいえない。

これらの事実及び原告本人尋問の結果に照らすと、被告本人尋問の結果及び乙第一号証中の前記認定に反する部分は信用することができず、他に右事実を覆すに足りる証拠はない。

3 以上に認定したところによれば、被告は原告の意思を無視して性的嫌がらせというべき言動を繰り返し、原告を困惑させて、結局退職させる結果を招いたものであって、被告は原告の勤める会社の代表者であり、同社は被告の個人企業ともいうべき中小企業であるから、代表者である被告は率先して、その職場環境の維持改善を図るべきであるにもかわらずこれを怠るばかりか、積極的に悪化させたものである。原告は、母子家庭で、高校を卒業し、初めて社会人としての生活を始めたばかりの一八歳の女性で、父がかつて勤務していた関係でようやく就職できた会社であったこと等前記認定の事実を考慮すると、前記一連の被告の行為は、原告に対する人格権の侵害であるということができる。

そして、原告にとって、右被告の言動は相当の精神的苦痛を与えたものであり、被告としては、かかる一連の言動により、原告に相当の精神的苦痛を与えるものであることを十分に予見しえたものというべきである。

以上のとおりの次第であるから、被告は、前記一連の言動につき、原告に対し不法行為責任を負うものというべきである。

三 原告は、前記認定のような被告の言動により、相当の精神的苦痛を感じ、欠勤さらには退職するに至り、初めてついたその職を失ったこと、本件の被侵害利益が女性としての尊厳に係わるものであること等前記認定の諸般の事情を考慮すると、原告が被った精神的苦痛は相当のものであり、この精神的損害に対する慰謝料の額は金五〇万円をもって相当と認める。

四  よって、原告の請求は、慰謝料金五〇万円及び右不法行為の後である平成六年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官辻次郎)

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